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じょうどしゅう じょうこくじ

沿革
淨國寺について
淨國寺はもともと法相宗の草庵として信仰の火を点した。今より450年ほど前の天正年間(1573年)のことである。そのことが昭和48年7月21日の夕刊新佐賀(現在は廃刊)に記載されている。正式には蓮池山古今院淨國寺。
天正(1573)以前に同地区から諸富方面にかけて勢力を持った小田氏の菩提寺(法相宗)としてあった。
当時は四町四方に小塀をめぐらす学問所であったという。
淨土宗への改宗は、筑後善導寺(現在の久留米大本山善導寺)より團誉(だんよ)上人が入寺してからで江戸中期ごろという。数回の火災で寺記のほとんどを焼失して詳しいことはわからない。
鍋島時代に入ってからは蓮池藩の庇護もあつかったという。
本尊脇には長野善光寺からの入佛『善光寺如来』もあって古老は同寺を蓮池善光寺ともいう。
当時の役員は住職上田正順・総代は松本清吾、石丸令吾、湯木利三氏。
また、昭和27年9月には境内に光明保育園を開設。現在に至る。

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