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善光寺如来再興に関する記

筑後國三池郡渡瀬町 光福寺

創建年月不詳 往古より山号寺号歴然たり。信仰の輩未だ多かりと雖も、宗名を立たず。然る処、元禄元年戌辰正月(明治三十九年より数えて二百十九年前 *注 令和四年から遡ること三百三十五年前)山門郡鍛冶屋町(現柳川市鍛冶屋町)光樹寺第四世大蓮社乘譽上人円阿根戒善学大和尚 渡瀬町中の招請により転住し五間四面の本堂を再興する。光樹寺末寺となり浄土宗鎮西派渡瀬山光福寺として届け出つ、再び後 天明三年七月中(明治三九年から数えて百二十四年前 *注 令和四年から遡ること二百四十年前)の台風災害に罹り本堂破損につき住持することが一旦円了なる。

乘譽上人は致し方なく自ら自水庵へ移転、後本堂を再建しようにも今は住持が無くなった。このためもともと光福寺に安置してあった善光寺如来は再興が成就するまでここ光樹寺で預かり置くことになった。

 

ならば、その由緒あるご本尊阿弥陀如来様を浄國寺へ迎えたいと願いが追従したのであった。

 

その時の取り交わしが次のとおりである。

 

 

契約書

  • 善光寺如来一光三尊佛 厨子とも 一体

右の尊像 檀信徒一同 結縁為致度候に付き向こう三年間ご拝借仕候義 確実也 依って後日檀信徒連署を以て契約書差出置き候處 如件(くだんのごとし)

 

佐賀県神埼郡蓮池村 浄國寺住職 藤崎敬運 印

  •          牟田作一 印

  •          荒木・・・

  •          小柳・・・

 

           永瀬哲哉 殿

  •      田中鹿太郎 殿(柳川町字外町)

  •          石橋初次郎 殿(柳町市旭町)

  •          真崎兵助 殿(柳町市辻町)

 

仏像寄附承認願

第八教区筑後小教区福岡県山門郡柳河町大字鍛冶屋町二十番地 光樹寺 (現在の柳川市鍛冶屋町)

 

  • 寄附仏像 一光三尊善光寺如来厨子 身の丈一尺五寸 右の仏像は当寺の財産目録第三類に記載これあるところ候。今回、第八教区佐賀小教区佐賀県神埼郡蓮池村浄國寺より懇請あり、永久に奉安致すべく事につき、当寺(光樹寺)に於いては別段必要の仏像にもこれなき候 寄附致したく候。ご承認相成りたくこの度連署を以て出願そうろうや。

  • 光樹寺住職 永瀬哲哉 印

  •   田中鹿太郎 印

  •         石橋初次郎 殿(柳町市旭町)

    •          真崎兵助  殿(柳町市辻町)

 

筑後  瀬高来迎寺?   筑場哲念

浄國寺住職 藤崎敬運 印

右総代        牟田作一 印

右総代        荒木・・・

右総代        小柳・・・

 

??           野中

佐賀来迎寺?      小西豊?

筑後良清寺?      堤 善学?

 

浄土宗 (*総本山知恩院門跡)

         大僧都        山下現有 殿

水が流れる庭園

フォト

​歴史のなかに

桜の花

安樹院殿墓石

移転後

窓から臨む紅葉

安樹院殿 お位牌

本堂内右

奥社へ続く千本鳥居

成富椿屋さんのお墓

成富家墓石左

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